元おニャン子クラブのメンバーとして知られている生稲晃子さん。
2022年7月の参院選で初当選し、国会議員として活躍されていますが
その後、度々何かと話題になっていますね。
そんな生稲晃子さんが
・なぜ政治家になったのか?
・立候補の経緯は何だったのか?
など素朴な疑問についてまとめました!
生稲晃子はなぜ政治家になった?
生稲晃子さんは、2011年の乳がん発覚から2015年に闘病公表をするまでに
計5回もの手術をしていました。
生稲は、2011年に乳がんと診断され早期発見だったことから、主要部分のみを切断する手術を受けた。翌12年にがんが再発しその時も乳房は温存、しかし13年に2度目の再発がわかり、右乳房を全摘出。そして15年11月に闘病生活を続けていたことを公表し、それまでに5度の手術を受た。
生稲晃子さんは自身の「乳がんの闘病経験」がきっかけで
・治療と仕事の両立をする働き方改革
・検診や早期発見の重要性などを含めた女性の健康問題
などを通して社会に貢献したいという意思が芽生えたようです。
ちなみに、現在は乳がん手術から10年が経過しているようで
健康状態は心配がなくなったようです!良かったです(^^)
生稲晃子が立候補した経緯は?
生稲晃子さんが参院選に立候補することになったのは
・2016年の安倍内閣が設置した「働き方改革実現会議」の民間議員に選出
・闘病の経験や早期発見&治療の啓発活動が評価される
・2022年の参院選に自民党の安倍派に担ぎ出されて出馬
という経緯でした。
自民党の3つの思惑
そして、なぜ自民党が生稲晃子さんを候補者として選んだのかというと
こんな事情がありました。
知名度の活用
生稲晃子さんは、1980年代に絶対的な人気があったアイドルであり
特に40代以上の有権者に強い認知度があります。
この知名度を利用して
投票先が決まっていない「浮動票を獲得したい」という意図がありました。
女性候補の必要性
自民党は選挙区における男女比のバランスを考慮し
「女性候補の擁立」を進めていました。
また、自民党内での「女性の活躍を促進する意図」もありました。
新しい人材の登用
政治に新しい視点をもたらす為に
異色の経歴を持つ生稲晃子さんを選んだと言われています。
過去の乳がん闘病や社会貢献活動の経験が
政治において「新たな価値を提供することができる」と期待したようです。
生稲晃子さんの選挙活動を
全面的にバックアップしていた安倍さんが亡くなってしまい
生稲晃子さんも、かなり不安な気持ちでの議員生活の始まりだったと思います。
「この人に付いて勉強していけば安心!」という先輩議員がいれば良いですが
それなりの議員さんが思い浮かばないのも残念なところですね💦
まとめ
参議院議員・生稲晃子さんの
・なぜ政治家になったのか?
・立候補の理由&経緯
についてまとめました!
色々と経験不足が指摘されていますが、まだ1年生です。
国民を騙して悪いことを企む6年生より
経験不足でも志が高い1年生のほうがまだマシです。
ぜひ、1つでも社会に役立つことを実現するために
へこたれずに頑張ってほしいと思いますね!
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